予想を超えた撮影結果

reflected

水たまりに写った景色を撮影した。

長めのレンズを使ったため、水たまりのフチ部分が大きくぼけて、幻想的な雰囲気を醸し出している。
コントラストが高くなりすぎなかったせいか、多重露光したようにも見える。

撮影時に思い描いていたイメージから、これほどにもかけ離れた撮影結果となったのは久しぶりのことで、驚きと予想外の嬉しさが混じった気分だ。

Leica M6を使い始めて感じたこと

in a bus
バスの車内で

2015年8月下旬から、Leica M6(ライカ M6)で撮り始めた。
初期テストを一通り済ませた後、さっそく2015年8月30日の戦争法案に反対する国会前大抗議行動で実戦投入し、満足できる撮影結果と確実な使用感を得た。

Leica M6で撮り始めて2週間と少し、フィルムを十数本撮った段階で、その使い始めに感じたことを書き留めておく。
(”雑感”として投稿した内容に加筆して再編)

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手元にないと使いたくなるプラナー

pray for

前ピン修理のためコシナへ送ったプラナー(Planar T* 2/50 ZM)、35mmでスナップするのが楽しくて、最近はプラナーで撮る頻度は下がっていたのだが、手元にないと逆に使いたくなってくる。

コシナへ送ってから1週間しか経っていないのに、チョイ望遠(50mmが標準とは言うけれど、僕にとっては少し長い)に飢える自分が可笑しい。
このところ90mmをよく使っているのは、望遠に飢えていることの表れなのだろう。

ずっと届き続けているわけではないが、いつかきっと届く、ずっと続ける何か

mother and child, sit by the  riverside

日産スーパーGTチーム総監督の柿元邦彦さんのツイート

をきっかけに読んだブログ記事”モータースポーツを応援する事の意義”に、何か気付かされるものがあった。

マシンに乗っているドライバーに聞こえるわけがない。

でも、ピット側にはほんの一瞬でも届くことがある。

それが大事なんだと私は思う。  ふっとホームストレートからマシンが居なくなると
届いてくる日産コール。 ずっと応援していることに気が付いてくれるはず。
それが大事なんだ。。。

ル・マンだったら24時間、スーパーGTとかだったら数時間というレースのうち、応援団の声がどれほど届くというのか。だが、ずっとは届いていなくとも、ふとした瞬間に聞こえてくる応援のコールや視線の隅ではためいているチームフラッグは、チームメンバーにとって計り知れないほどの支えになっていることだろう。

この”ずっと届き続けているわけではないが、いつかきっと届く、ずっと続ける何か”を大切にしたいと思う。

沖縄の不発弾処理をリツイートすること、アベ政治を許さないの缶バッチを鞄につけて街を歩くこと、フィルムで撮り続けること、などなど。
一度届いた後も、二度、三度と届くように。
日々続けていることを、今日も、明日も、明後日も続けていく。


フィルムで撮っている僕を見た人が、数年後にまたどこかで僕を見かけて、そのときも僕がフィルムでペシペシ撮ってたら、

わっしゃびーよーなー!

って思うかなって。

更新情報

2016年3月20日
引用部分、HTMLのciteタグの表記を変更。
2016年12月11日
引用部分、引用元のブログ名を追記。